Re: 私にとってのSSS

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426. Re: 私にとってのSSS

お名前: sakigoro
投稿日: 2006/9/5(14:31)

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皆さん、ごぶさたしております。 sakigoroであります。

私も一言いいたくなって、久しぶりにでしゃばりに参りました。
独り言みたいなもので、特定の発言に対してのレスというわけではありません。
おっさんの独り言は長いので、興味のないかたは無視しちゃってください。

SSS式の多読を無意識の内に始めて32年、SSSの掲示板に出会ってから
英語熱に火がつき、PBを1000冊読もうと張り切ってましたが、最近は
自転車にはまってしまって、読書時間が大幅に減っております。

それでも、意識的にカウントを始める前のを含めると読了したPBの量は
500冊はいっていると思います。

そんな私が最近思っているのは、SSSの最大の効果は英語に対して自由になれることと
英語との濃密な時間を膨大にこれに費やすことができるということの2点じゃないかなということです。

私が多読を始めたのは高校3年の時。怠け者の私は、他の人たちのように参考書や問題集、
単語帳などをやる気にはどうしてもならず、小難しい英文を辞書を引き引き読もうと
してもつらくてつらくて、とても続けることができず、かといって、このまま何もしないでいるのは
まずいだろうなと悶々としてました。そんな時、図書館で誰も読もうとしないでほったらかしに
されていたアトム英文双書が目にとまったのです。
何気なく手に取ったその双書の前書きに多読の功徳が書いてあり、これならできそうと
手当たりしだいに本棚にあるだけ全部読んだのが始まりです。
このサイドリーダーには見開きページの右側に難しいイディオムや単語の説明などが
あって、辞書を引かないでも読み進めることができるような工夫がしてあったものなのですが、
最初のうちこそ、いちいち右側の説明を読んでたのですけど、すぐに一切無視して、
SSS式にどんどん読んでました。

そんなこんなで、英語の成績はそこそこだったけど、ずばぬけてできるわけでもないし、
文法もうまく説明できないし、とんでもないとこで間違えて笑われたりで、英語については
ながいことコンプレックスをいだいてました。
自分の英語学習はほんものじゃなくて、怠け者の間に合わせという気持ちがかなり強かったです。

でもね、気がついてみると、今でも英語の読書を普通に楽しんでいるし、ある意味、英語も
日本語も同じ言語として自分の中に同じ重みで存在するようになりました。

英語も日本語も、どちらが得意ということはあっても、同じ言語であるという意識です。
ながいことコンプレックスをいだいていた英語からやっと自由になれた思いです。
英語との付き合いに費やした時間を貴重に思いこそすれ、もっと効果的な学習に
時間を費やせばよかったなぞという気持ちは毛ほどもありません。
そういった意味でも自由です。

今年で50歳になる私ですから、受験生の時はラッセルにもいじめられました。
それが何年か前、本屋でたまたま手にとった本の中に彼の文章がのっており、
これでもかという美文に、やっぱり俺はこいつが嫌いだと、自信をもって思えた時には、
別の意味でも自由になれた感じです。

効率を追い求めた外国語学習は短時間であればいいのかもしれないけど、
つらくて苦しくて長続きしない。量をこなすことが難しい。
それに、効率を意識すると、言語が「お勉強」の対象となってしまって、いつまでも外国語のままとなって
しまうのではないかと考えます。

英語は他の言語に比べて、あれをやるべき、これをやるべきという人が多すぎる。
そんなのに振り回されて、英語様の奴隷になってしまって、そこそこ英語はできるようには
なったけど、やはり自分の実力には不満たらたらで要求不満のままの人がけっこういるのでは
ないかと思います。

中には英語に惚れ込んで、辛抱強く効率の良い英語の学習を続け、いわゆる英語の達人と
なる人もいるようですが、そういった人たちは一握りの英語エリートであって、
怠け者の私の目標にはなりえません。

SSS式の多読が効率的であろうがそうでなかろうが、とりあえず、英語との濃密で
楽しい時間を過ごしていけば、効果は間違いなくある。
その上で、さらに高みを目指すのであれば、自分にとって何をやる必要があるかは、
もう自分で判断できるくらいにはなっているでしょう。
その時、つらいはずの効率的な英語学習を楽しんで行うことのできる土台が
SSS式多読で築かれていると思うのです。

多読オンリーの私でしたが、SSSに出会ってから多聴を始めたら、CNNなどの
ストレートニュースだったら何かをしながらのながら聞きで、何をいっているかは把握できるくらいには
なりましたし、会話の方も、たいていの話題にはついていって楽しく会話を続けることが
できるくらいにはなりました。
この上で、本腰をいれて「学習」をすれば結構なレベルに行けるのではないかとは思います。
(思うだけで、やりませんけど....)

私は英語を仕事の上で必要とすることがほとんどありませんが、ロシア語は日常的に
使っています。
学生時代に学んだだけで、あとは仕事の上でただ使っているだけです。
へたなロシア語ですが、会話なんぞは英語よりも自由自在に使えている気がします。

そして思うことは、外国語を習得する上で一番効率的なのは、その言語を濃密に生きるということかな
ということです。

恥ずかしながら、最初のかみさんがロシア人で、結局、離婚をしたという過去があります。
お互いにぎりぎりのところで、真剣にロシア語で夫婦喧嘩をしたりなど、極めて濃密な
時間をロシア語で過ごした過去です。

こんなことをすると、いやでも外国語は上達します。

その上で、膨大な時間をその言語に費やす。

量は質を凌駕します。

この歳になって思うことは、外国語の習得には気の遠くなるほどの膨大な時間が必要で、
それでもどこまでいっても、やっぱり、どうしても、母国語と比べれば不満が残る。

だったらプロセスを楽しめば良い。
すくなくとも英語学習に費やした時間を恨めしく思うことはない。

登場人物の運命に共感したり反発したりしながら、時には声をたてて笑い、
涙を流したりしながら、英語であることを忘れて、濃密な時間を読書に費やす。
それができれば、こと本を読むということであれば、ほとんどの場合、目標は
すでに達成できているではないですか。

そうした読書であれば、膨大な時間をこれに費やすことを厭う人もあまりいないのでは?

とりあえず何万語を読むべきかというのは、ほんとはSSS的にはナンセンスだと思っております。

100万語ということがよくいわれますが、これは、これくらい読めば、英語もやはり
人間の言葉なんだということがぼんやりとでも感じ取れるようになるくらいの目安かなと
考えています。

逆に、これができなければ、3000万語読もうと駄目と思ってます。

これだけ読めばこれだけの効果があるはずだなんてのは、なければおかしいなんて
いうのは、さもしい乞食根性であって、
言葉というのはそんなに軽々しいものではなくて、時には自分の全存在をかけた厳しく
重たいもののはずです。

何がしかを読めば、なんらかの効果はあるのは間違いないのだけど、
それが個々人の上でどう反映されるかは、その人の母国語能力とその言語生活、背景によって
大きな違いが生じるのは避けられないでしょう。

そんな違いを乗り越えて、大量に楽しく、とにかくがんがん読んでいく。
そのプロセスを楽しむことができれば勝ち。

まあ、何はともあれ、声を大にして、Happy Reading!!


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