恥ずかしながら私のToeic談義

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10435. 恥ずかしながら私のToeic談義

お名前: yamikumo
投稿日: 2004/2/22(23:15)

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昨年の12月に100万語を達成したYamikumoと申します。

Toeic談義おもしろそうなので参加させてください。

もうすでに旬は過ぎた話題かもしれませんが。

私もToeicは、2度受験しました。

私がこのテストに関して疑問を感じるのは、このテストが評価しようとする受験者のタイプとはどのようなものかということです。言いかえれば、受験者の英語脳が一般的にどういう状態になっていることを想定して問題を作成しているかということです。

Toeicはビジネスシーンにおけるコミュニケーション能力を数値で計ることを目的としていますが、Proficiency scaleをみて、モデルとなる受験者とはどのようなものかといえば、Non-Nativeのビジネスマンで、能力の多寡はどうであれ、Input能力、Output能力がバランスよく発達した人間、つまり英語環境で仕事をしている人間を想定しているようです。言いかえれば、モデルとなる受験者とは、性能の良し悪しは別にして英語脳が存在し、思考の深さ、速さは別として「英語で考えることができる、あるいは英語で考えようとしている者」を想定しているようです。

だから、ListeningとReadingのみを検査しながら、コミュニュケーション能力を数字で計るといった乱暴なことができるのではないでしょうか。

また、Toeicの歴史は知らないのですが、受験生は、日本人・韓国人に多いとこの広場のレスで書かれていましたが、もともとのモデルとしては、日本や韓国でしこしこ勉強している者ではなく、米国や英国といった英語圏で何年か生活した人とか、英語脳に近い脳をそもそももった他のヨーロッパ系の言語を母語にもった人を想定しているのではないでしょうか。

しかし、実際の受験生はというと、ほとんど英語圏で生活しているわけでなく、ListeningとReadingにのみ勉強している(実際のテストはListeningとReadingしか問わないのだから)人がたくさんいます。例:yamikumo本人

outputの訓練を行わず、「英語で考える」ことができるようになるとは思いません。ただ、多読・多聴、音読を行えば英語の「型」(空手とかの武道で「型」という表現がありますよね)のようなものが頭の中にできることを経験上知っています。しかし、これを英語脳と言えるのかどうか。「英語で考える」ことができない英語脳ってなんなんだ。

Toeicの矛盾は、総合的なコミュニュケーション能力をテストするはずなのに、ListeningとReadingのみをやった者も受験でき、ある程度の得点がとれてしまうことにあります。ListeningとReadingを猛スピードでこなせてもそれがすなわちOutputができる人とは限らないのではないでしょうか。

こう考えると、ListeningとReadingのみやってToeicを受験する人は、Toeicの趣旨からすればドーピングしているに等しいのではないでしょうか。Toeicで良い点数をとってもコミュニケーションできない人がいても当たり前。Toeicは、多読・多聴、音読で英語の「型」を作って、その後outputをしっかりやって、「英語で考える」ことができるようになって初めて受験すべきものだと思う。とりあえず、ListeningとReadingの能力がどこまであがったかだけでも見たいのが人情ですけどね。

ListeningとReadingのみやってToeicを受験する人はすべて受験対策していると考えていいのではないでしょうか。対策本をやろうが、多読・多聴をやろうがそれなりの効果はあると考えます。

なぜToeicは、ListeningとReadingの能力のみを計る試験としなかったのでしょうか。ListeningとReadingにのみに秀でるということが英米人にとってはとても奇異なことなのか。たぶん、ビジネスというキーワードがあるため、コミュニュニケーション能力と銘打たなければ受験者が減るのか。

前回のToeic、私のスコアは490点、ListeningはともかくReadingはやったつもりだがな。ドーピングさえできないこの頭の悪さはなんなんだ。

PBは「英語で考える」ことができなくても読めると思う。これはとても良い点。ある意味では私にとって救いです。でも、「英語で考える」ことができる人のReadingってどういう感じなんだろうか。


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