Re: 上達しない感じについて、 たーとるさんへ &NEOさん、お久しぶり〜

[掲示板: 〈過去ログ〉英語のことなんでも -- 最新メッセージID: 2495 // 時刻: 2024/5/19(05:20)]

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[賛成] 1901. Re: 上達しない感じについて、 たーとるさんへ &NEOさん、お久しぶり〜

お名前: 酒井@快読100万語!
投稿日: 2008/1/19(13:16)

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なんだか2年越しの返信ですが・・・

たーとるさん、NEOさん、akoさん、あけましておめでとうございます?
横入りのさかい@tadoku.orgです。

〉とにかく、NEOさんから紹介のあったものを、どんどん読んで下さい。

〉ただし、上達感が得られたかどうかを判定するのは、もうちょっと後にして欲しいと思って投稿します。

〉自分の上達具合を知るには、時間の経過が必要です。

そう!(あー、ちょっとぼくの返信は遅すぎる・・・)

〉それは、大量の同一レベルの易しい本があり、
〉それらを何でもかんでも全部読め、ということではなく、
〉各自が、関心を持てる内容のものを、より好みして選んでいいからです。
〉逆にいえば、英語レベルが自分に合っていても、内容として関心のないものは読まなくていいんです。

ここになんとしてもさんせー意見を書きたくてね。

〉わたしのような、国内育ちの日本人の多くは、
〉文部省の学校教育で、皆、同じ教材を使って、
〉それに基づいた同じような試験を受け、通信簿をつけられるという形で、
〉英語の成績が評価されてきました。
〉だから、学習者が皆ちがう本を読んでいるここの多読は、
〉同一教科書で学習する形態とは、かなり違います。

そういうことなんです!
でも、9月ごろの多読通信のコラムにも書きましたが、
多読が知られるようになって、多読も学習法の一つとなり、
「おー、レールが敷いてあるのか、じゃあ乗ってみよう」
という入り方が出てきました。

〉同じ教材で学習して共通の試験を受ける形態というのは、
〉社会制度という実体の無いものに自分の値打ちを決められる、ということかな、と思ってます。
〉工場で生産される工業製品のように、子ども時代の自分が、他の子と同じ評価項目で品評会され、
〉品質ラベルをつけられた、という感じだと思っています。

ここもまったくその通りで、でもここがなかなかわかりにくいところ。
だって、外の基準を気にするように育てられたのだから。
ぼくも含めてみんな、自分の中の芽をすくすく伸ばそうとは
思ってこなかった・・・

〉そしていつしか、社会制度に自分がランク付けされることに、
〉思考習慣までが慣れてしまった(あるいは、馴らされてしまった)んではないかとさえ思ったりします。

そこへ「多読はわがままに読んでいいんだよ」
「読めないのはあなたが悪いのではなくて、学校英語が悪いんだよ」って
言われても、99%の人は、「わがままって、どうやるの?」
「学校で悪いことを教えるわけがない」っていう反応になる。

〉TOEICのような全国共通問題(まさに共通一次試験)を受けて、
〉そこでの自分の位置付けを確かめたくなるのは、
〉そういう共通基盤の中での評価を受けないと自分の価値を確かめられない気がする、
〉という心の習慣を、深層に植え付けられている部分が自分の中にあるのでは、と考えてます。
〉なにしろ、6歳の小学校入学から、各自の最終学歴までですから、
〉長い時間をかけて、評価を受ける「受け身の」側(評価をする側ではなく、受ける側)に、
〉自分は置かれてきたんだな…、と思うわけなのです。
〉しかも就職しても、またまた人事の査定で品評されるという社会構造で。

〉なので英語学習も、権威ある先生が指定した課題図書を決めてもらったり、
〉読後に単語テストなどして、その都度の成果を数値化して確かめないと、
〉なんだか不安になる、という気持ちになるのでは、と思ったりします。

ここもまったくその通り!

〉だから、このサイトが推奨する多読は、そういった自分の中にある、あまり良くない思考習慣に、
〉直接、挑戦状をたたき付けてくれたようなところがありました。
〉わたしにとっては、です。

〉「私はナニを読めばいいんですか?」じゃなくて、
〉「あなたはナニを読みたいんですか?」だからです。

うまい!
これはあのコラムのぼくの心配をそのまま表していますね。

〉しかし、多読が進んでくると、そのことよりも、
〉自分はどういう内容の本なら、楽しいと思うのか、
〉苦手な英語“でさえも”楽しめるのは、どういうものなのか。
〉内容先行で選んで、そこを大事にする。
〉そうしていると、結果的に英語ができるようになる、という上達の仕方があるんです。

(その意味ではこの掲示板は親切すぎるかな?
 もっと突き放すやりかたもあり得るのだけれど・・・
 いや、やっぱり、親切に答えてあげましょうね。
 じっくり待てば、そのうち、akoさんの「よくない思考習慣」に
 おさらばして、「そうか、好きなように読めばいいんだ!」って
 「自立」していくでしょう。いままでもある程度はそうだったんだから)

〉なんだか掲示板で知り合った面白い(ヘンな?)人たちと日本語で雑談ばかりしてるような気がしているうちに、
〉それなりに英語の本を読んできたみたい、という感じなんです。

〉皆の雑談の内容が、英語の本を読もうという気になる雑談だから、
〉結果的には、けっこう勉強になったかもしれないわりに、本人は勉強してる気がしない、
〉という現象かもしれないです。

うんうん、そんな感じでいいんじゃないかなあ・・・

〉あと、英語上達欲望ギラギラの動機で、
〉ふだん読んだこともないジャンルの本を読んでみると、
〉案外、面白かった、という出会いがあったりします。

うんうん、それもある!

〉多読の第三原則:つまらないと感じる本は、読んでる途中でも投げる。

これ、できれば「つまらない」を「合わない」とかなんとかに
変えてくれませんか? 「つまらない」と思えるのは相当読み慣れた
人で、三原則なんか卒業していますね。「途中で投げられない」のは
まだ「つまらない」とは思えなくて「自分が悪いのでは?」と
思ってしまう人なので。

〉これは、英語多読そのものを、いったん投げる(中断)と考えても私はいいと思っています。

そうそう! 
ぼくもよく「英語のことはわすれてしまえば?」とか
しばらくは「英語の本は手にしないよーに」という「指導」を
よくしますよ。

〉あと、上達しないと感じる時というのは、
〉何らかの努力をしている時です。
〉努力するのは悪いことじゃないけど、(某先生には「悪い!」と言われそう(笑))
〉ピントはずれの努力をしてると、「上達しない感」が強く出ます。
〉自分がしてる努力がピントはずれになってないかどうかピント調整する必要がありますが、これは自分一人ではわからないことが多いです。
〉そういう時、多読友だちのオフ会がいいです。

「悪い!」といいたいね。
どうしてかっていうと、「ピント外れじゃない努力」は
努力じゃないと思うし、自分でも「努力」とは感じないだろうと
思うからね。

「努力」って、書き初めなんかによく見るでしょ。
ぼくはそういうのを見ると「ざせつ」と読んでしまう。

(こういうのをjadedというのだろうか・・・? ちがうかな?)

〉脳内に、「英語飽き飽き物質」(偽名。笑)が出ているので、

はは!

〉自分の好き嫌いの感情で本を選べることって、大事なことなんです。
〉どんなのが好きかどうかより、どういうのを読むと英語力がつくのか?
〉ということが気になるところと思いますが、
〉英語力がつくのは、自分が好んで読める内容のものなんです。

そこもね、なかなかわかりにくいところ。
苦労せずに身につく、なんてね、まるで詐欺ですよ。

〉別に、多読教じゃないです。
〉酒井先生を尊敬はしてますが、崇拝はしてません。(英語読めるけど地図読めないし(爆))
〉私なんてアメリカも行ったことないのに、上達欲望ギラギラのドロドロです。

尊敬もやめてほしー、ただの仲間がいー!


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