Re: 「いい加減読み」多読のはてにあるもの(長文注意)

[掲示板: ゼロからスタート!まずは10万語! -- 最新メッセージID: 10038 // 時刻: 2018/1/21(02:03)]

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6194. Re: 「いい加減読み」多読のはてにあるもの(長文注意)

お名前: sakigoro
投稿日: 2003/12/12(18:58)

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mariaさん、はじめまして。 sakigoroと申します。

色々とお悩みのようで、私の体験でも参考になればと思い書き込みます。

もう何度かここの掲示板に書いたことがあるので、またかと思われる方もいるかも
しれませんが、ご容赦ください。

私は、多読で英語とつきあうことを、幸運にも高校3年生という、わりと早めの時期に
始めることができ、今年で28年になります。
きっかけは、高校の図書館の棚に3段くらいあったアトム英文双書という多読用教材を
SSS式に読み、それからPBを読むようになったものです。

28年間の多読暦のうち、最初の24年間は、英語がうまくなりたいとか、喋れるように
なりたいとか、そんなことは思わないで、好きな日本語の読書に追加して英語の読書も
楽しいということで読みつづけていました。

辞書は一切つかったことがない。楽しければ良い、
わからないところは飛ばして、ほったらかしたままにしておくという、いわゆる「いい加減」読みです。
気が向かなければ、一冊も読まない年もあれば、図書館においてあるPBを
かたっぱしから借り出して、月に10冊くらい読んだこともあります。
そんなこんなで、最初の24年間くらいに読んだPBの量ははっきりしないのですが、
おそらく150−200冊くらいは読んでいると思います。
24年間でこの量だから、均してみるとたいした量ではないです。
それでも、知らないうちに語彙力もつき、理解度はあがり、読書スピードもついてきました。

ご発言の中で、飛ばし読みを卑下されているような、または、そうすることで
学習の上で効果がないと思っているとの印象を受けましたが、
失礼ながら、そうした結論を出すには、読んだ量が少なすぎるのではないでしょうか。

ともかく、英語の学習には興味がなく、ただただ楽しく読んでればそれで良いという
私に転機がきたのが2000年の初め、ポケットラジオをプレゼントされてからでした。

特に聞きたいものがなかった私は、何気なしに、チューナーを極東米軍放送であるAFNにあわせて
みたのです。 物すごい速さで繰り出される生の英語は、当然ながら、チンプンカンプンでした。

実は学生時代に、英語の得意な友人が、当時はFENといっていたAFNを毎日聴いているというので、
自分も発奮し、ダイアルをあわせたことがあるのですが、あえなく挫折した苦い経験があるのでした。

ところが当時とは違い、不思議なことに、聴き続けたら、わかるようになるような気がして、しばらく
毎日2-3時間くらい聴いてみるようにしたのです。

すると一週間くらいたつと、APネットワークニュースが意味をもった言葉として耳に飛び込んでくるように
なったのです。 もちろん、良くわからないところもあるのですが、それよりも言っていることが
ほとんどわかるという感動は強烈でした。まるで魔法でもかかったみたいに、今まで不明だったジグソーパズルの
山が、いっぺんに、自動的に収まるべきところに収まったような感動です。

この時点で、読書スピードは最速で250w.p.m.、認識語彙力は10000語くらいじゃなかったかと思います。
学生時代に歯がたたなかったAFNがわかるようになったのは、多読のおかげとしか思えません。
辞書はひかない、分からないところは飛ばす、ほおっておくという、いい加減読みの成果です。

そんな読み方でも、自分の場合、これくらいの力は、気がついたらついていたんです。

英語がある程度聞き取れるようになったことが嬉しくて嬉しくて、しばらく、
夢中になって聴き続けていました。

すると、驚いたことに、一分間で250ワードで頭打ちだった読書スピードが300ワードくらいに
増えたのと、英語の本を読むのが、もっと楽しくなったのです。

スピードがあがったのは、今までも実際に声は出さないものの、脳裏では音声化を行ないながら読んでいたのが、
多超のおかげで、もっとスムーズにできるようになったせいではないかと思います。

読むのがもっと楽しくなったのは、読む文章にリズムが生まれ、登場人物の発言にもっと
感情が感じられるようになったせいです。

こうして、多読以外に、新たに多聴が習慣となった1年後、
客観的な試験だと、自分の実力はどれくらいになるのだろうと、TOEICを受けてみました。
リスニングがボロボロだと思ったのに、Lが490、Readingが480で、合計970という
思いもかけない高スコアを嬉しく思うと同時に、TOEICは、はたして有効な尺度に
なるのかという不信感もおぼえました。

英語がもっとわかるようになりたい、英語の読書がもっと楽しくなるのには
どんな方法があるのだろうかと、ネット上をさまよううちに、SSSの掲示板にたどりつき、
その方法論におおいに共感をいだき、多読をベースにガンガンやっていけばいいのだと
迷いがふっきれました。

多聴で読書がもっと楽しくなったのに気をよくし、今度は、英語で自由に喋れるようになったら
どうだろうという気持ちで、今年の4月から、とうとう、NOVAにも通うようになってしまった。
もう立派な英語オタクです。

以上、長い長い、前置きの果てに本題です。

1)読書スピードについて
訳読をしないで、楽しく大量に読んでいれば、200−300w.p.m.くらいには
かならずなると思います。ナルニアの読書スピードが80w.p.m.くらいになってしまうという
ことですが、訳読をしているのでなければ、読書そのものが目的ではなく、英語学習モードに
なってしまい、細かいことに気をとられすぎているのではないかと思います。
例えば、読書の本質から離れた要素が気になっており、ここに定冠詞がおいてあるのはどういう意味だろうかだとか、
この形容詞の使い方は参考になるかだとか。
marieさんが最終的にどれくらいの読書スピードを求めておられるのかが不明ですが、
200−300w.p.m.程度であれば、英語ネイティブにとっては遅読の部類にはいり、
それ以上の速度を求める場合に初めて、例えば、読書の際に無意識の音声化をやめるとか、
一度に目にいれる文章のブロックを増やすといった方法が必要になるときいたことがあります。
こうした速読は、英語学習者にとっては百害あって一利なしと思っています。
こうした方法が有効になるのは、ほぼ完全に英語を読みこなすことができて、それ以上の
スピードが必要な人に対してだけだと思うからです。
訳読をしていない、細かい文法的なことも気にしていないのに、読むスピードが極端に
遅いのであれば、それは単純に英文理解のスピードが遅いだけであり、たくさん読む
うちに必ず解決されるはずです。
その際、英語の文章を、意味のあるブロックを意識しながら、黙読しながらも
人に語り聞かせるつもりで読むのが有効のような気がします。
実際に喉を震わせたり、唇を動かしたりするのは、スピードアップの障害になるとは
思いますが、英語の音を、自己流であっても、脳裏にうかばせるのは、理解を深めるのにも
有効と思ってます。 第一、そのほうが読んでて楽しいし。

2)語彙力
読書をしないで、効率良く語彙を増やすことは不可能と確信しています。
その際、辞書をひいたり調べたりするのは、無駄です。 邪魔になります。
単語は文章・文脈を離れては意味がないからです。 辞書をひこう、調べようとした
瞬間に、作品世界との交流を自ら断ち切ることになってしまいます。
そうすることで、読書スピードが遅くなるばかりでなく、全体の見通しがつかなくなったりして、
わかるはずの英文が分からなくなってしまいます。
短時間で語彙を増やしたかったら、単純に読む量を増やすのが一番です。
私の場合、SSSに出会ってから、読書量が猛烈に増えました。
昨年読んだPBは60冊。今年は、今読んでいるのが64冊目。 こうしたPB以外にも
平日は、通勤中に英字新聞も読むという具合です。
こんな風に読む量を増やしてみたら、過去4年間で、認識語彙が新たに10000語くらい増えたようです。

mariaさんが例にあげてらっしゃる、moleのように、日本語でなんというのか知っていた
方が都合がいい単語もありますが、そうでない単語の方が多い。

動植物の名前をとっても、例えば、loonという鳥がいます。
PBを読むと、けっこう出くわすことの多い単語ですが、何度も出くわして
この単語について感じていたことは、鳥だということと、
奇妙な泣き声で、荒涼とした場所で出てくることが多い。
その奇妙な泣き声が、凄まじい、なんだか、不吉な予感をはらんだ
場面で作家が登場させることが多いと思ってました。

これを、リーダーズで引くと、下記の通りです。
アビ《アビ属の鳥の総称》.
・(as) crazy as a loon ひどく気違いじみて
《アビの危険をのがれる際の動作と大きな笑い声のような奇妙な鳴き声から》

loonはアビというのを知っていたって、通訳でもやるのでなければ、意味がない。
奇妙な泣き声をたてる鳥というのは、読んでれば自然にわかる。
こんなのいちいち辞書を引いてたら、邪魔くさくてしかたがない。

日本語でも知ってると都合のいい単語は、適当な機会に単語集でも
パラパラ眺めるくらいでいいです。
日頃、疑問に思っている単語が、日本語ではこんな風にいうのかという感動、または、
この訳語はちょっと違うのじゃないかといった感情とともに、効率良く記憶に
残っていきます。 単語集は、そういった意味で使い道があるかなと思ってます。
単語集は、知りもしない、なじみもない語彙を増やすために使うのはまずいでしょうけど、
もうすでに英語としてほとんど知っている単語の確認には具合がいいこともあると
思います。

または、mariaさんが考えておられるように、読み終わった後に、気になった単語を
まとめて辞書で調べるというのはありかなとは思います。
だけど、後から調べようと思って、メモしておくとか、意識的に覚えておくとかと
いったことには反対です。 読書の上では、邪魔にしかなりません。

「多読のはてにあるもの」といった大げさなタイトルのわりには、たいして
参考になることは書けなかったようです。
そのくせ、自慢話のようになったらまずいなと思ったことも書きました。

でも、これだけは、最後に声を大にしていいたい。
楽しく英語で読書ができるようになりたいというのであれば、SSS式に楽しく
大量に読んでいけばいい。 これだけは間違いがない。
その上で、英会話ができるようになりたいとか、達意の英文が書けるように
なりたいとかといった希望があれば、それに追加して、それなりの学習をやればいい。

その時に、「いい加減読み」多読が強固な基礎になってくれると確信してます。

今までも読んできて、読む量をさらに増やしたら、自分が感じ取れる英文の解像度が
あがってきた。 読書がもっと楽しくなってきた。
Novaに行くようになってみたら、無骨で間違いだらけではあっても、とりあえず
英語を楽しく話している自分がいる。これも多読のおかげ。 
ある程度聞き取れるようになった英語も、ゆっくりとではあっても、聞き取れる範囲が広がってきている。 これも、私の場合、多読が基礎。
聴いたり、書いたり、話したりするといった行為も、多読で築いた基礎のおかげで、
ともかく楽しくやっていける。

なんだか一連の発言を読むと、英語での読書が苦行になっているような気がします。
トータルな英語の実力をつけるためには、つらい勉強も必要かとは思いますが、
楽しく英語に触れることも、それに負けないくらい重要だと思います。

個人的経験を一般化することの危険性は承知していながらも、mariaさんの英語読書が
楽しく、実りあるものであることを願ってます。

ともかく、Happy Reading!


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